硬くて柔らかい。陶芸家・奈良祐希の新作のテーマは金沢の雪景色
気鋭の陶芸家、奈良祐希による個展「Hybridizing」が東京・南青山のギャラリーで開催中だ。新作『ICE WALL』について訊いた。
真っ白な壁におよそ焼きものとは思えぬ姿かたちをした作品がかかっている。水面に石を投げたときに円状に広がる水紋を捉えたようでもあり、万華鏡をのぞいたときに見えるプリズムの結晶のようでもある。こうした作品はすべて“陶芸”によるものだ。
作家は、350年以上の歴史を誇る大樋焼で知られる十一代大樋長左衛門を父にもつ奈良祐希(ならゆうき)さん。ソフトをプログラミングし、4DCADなどの最新テクノロジーを駆使する異才の陶芸家である。7月17日から東京・南青山のギャラリー「Aiko Nagasawa Gallery Aoyama」にて個展を開催中の奈良さんに、「Ice Wall(氷の壁)」という作品をめぐって話を訊いた。
「アイスウォールというアイディアは、ぼくが生まれ育った金沢の雪景色から着想しました。吹雪で建物の壁が一面真っ白になることがあるのですが、積もる場所によっては、壁に幾何学的な造形美を作り出すことがあるんですね。それから、たとえば、冬の風物詩でもある兼六園の「雪吊り」は、縄を高い樹木の幹にくくりつけて、何本もの縄を樹木の周囲に放射状に、傘のように張って、雪の重みで枝が折れないようにする伝統的な技法なのですが、その縄の上に積もる雪もひときわ美しいのです。日本海に面した金沢の冬はとくべつ厳しいのですが、だからこそ生まれる美しい光景があるのです」
「アイスウォール」という作品では、その表面にCADを駆使してデザインした窪みがサイズを変えて規則的に穿たれている。
「最終的なデザインを決定するために試作品は3Dプリンターで立体的に作りましたが、実際の制作ではもちろん、すべてを手作業でおこないました。完成図面をプリントした紙を土の塊にのせて、マスにそって一本一本線をひいていく。それを正確に削って窪みを作っていきます。地道な作業の繰り返しですね」
最新のテクノロジーをベースとして利用しつつ、古来からのアナログな手作業によって土に形を与え、土を焼いて制作しているから、その一見して無機的な意匠に、ぬくもりとやわらかさが宿っている。
奈良さんは、3年前に発表した処女作の「Bone Flower(骨の花)」によって注目の人になった。最先端の硬質な建築物のようなフォルムのなかに、陶器ならではの細やかなゆらぎを感じさせる作品だ。今回の個展では、その「Bone Flower」シリーズがさらに“進化”した新作を観ることができる。
「最初にこのシリーズをつくったときは、純白に近い白さを追求しました。しかし、自然界には存在しない、そんな真っ白な色をだんだん無機質だと感じるようになったのです。そこで曽祖父が自分のために残してくれた大樋焼のための土を2割ほど混ぜました。すると肌色に近い色になり、あたたかみが増しました。それだけでなく強度も上がったことは、嬉しい誤算でしたね。釉薬もミラー色に変えました。ほら、光があたると、虹のように輝いてみえるでしょう」
大きな花のつぼみのようなやわらかな印象のものから、超新星が爆発したときのような烈しい勢いのあるもの、さらには海底深くに生息する不思議な有機体のようなものまでが並ぶ。奈良さんにうながされて、作品にもっと近寄って細部を見ると、「Ice Wall」でも「Bone Flower」でも、光の当たっているところが神々しく輝いて見える。夜のあいだ積もった雪が朝陽に溶けはじめて放つ金色の輝きのようだ。金沢の冬はこれほど美しいのだろうか、と思った。(2020.8.4 for GQ Japan)